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また、抜刀術的な技である「抜き」も備え、「抜即斬」と称される神速の攻撃(刀を腰に差した状態からの電光石火の斬り上げは、かわすのが困難だったと云われる)が特徴。1度刀を抜いたら相手を斬り殺すまで攻撃を止めることはない。示現流よりも技の数が少ないが、1つ1つの技は示現流よりも強烈であり、その少ない技を徹底して鍛え上げる。実戦的で有名な示現流よりもさらに実戦を重視した剣術である。
また、示現流のような難解な精神論はもちろん他の流派と比較しても精神論は存在せず、ただ「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」という一撃必殺の精神を尊ぶ。
薩摩藩第27代藩主島津斉興は、薬丸自顕流の稽古を見た際に「まるでキチガイ剣術じゃ」と言って席を立ったと言われている。
生麦事件の際、馬上のイギリス人に初太刀をあびせたのは薬丸自顕流を修めた人物であった。洋馬(日本産の馬より背が高い)に乗った人物に対し、「抜き」で下から斬り上げ、さらに飛び上がって斬り付けたと言われる。[要出典] また西南戦争の際、薬丸自顕流の打ち込みを小銃で受けた兵士が小銃ごと頭蓋骨を叩き割られたと云う記録も残っている。薬丸自顕流がいかに実戦的な剣術であるかを証明するエピソードである。
また、独特の叫び声を用いることから薬丸自顕流を知らない人間からは異常な人物ではないかとさえ見られてしまうことがあり、実際に東京の練習場は住宅街の中にある九品仏から移転を余儀なくされた。
薬丸自顕流 - Wikipedia (via msnr) (via yaruo) (via konishiroku) (via miyavi)